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薄いブログ〜20代大家の賃貸日記や、週末の朝活など〜

20代ど素人が始めた賃貸経営の話や、週末に運営している朝活の話など〜

本を「読む」と「眺める」の違い

最近、本好きのためのアプリを開発しているのだが、こういう物を作ろうとすると「何のために自分は本を読んでいるのか」「そもそも本を読むとはどういう事か」と考える機会が増える。

その一環で、「本を読む」のと「本を眺める」ことの違いについて考えてみた。

 

たまに本を読んでいると、目でしっかりと字を追っているのに「あれ?今のページ、何が言いたかったんだ?」と思う瞬間がある。

内容が全く頭に入ってこない。本を読んでいるのではなく眺めている状態なのだろう。これではさすがに時間が勿体無いので、本を読んでいる時間を伸ばすために色んなことを試してみた。

細かく要約したり、反対意見を考えたり、作者と編集の間にどんな問答があったか想像してみたものの、1ページ読むのに時間がかかりすぎるし、基礎となる知識面で作者に劣るため思考が浅いまま終わることが多い。

そこで最近は正反対の意見を述べている本を2冊同時に読むようにしている。

どちらも相当な時間をかけて書かれているので、骨太意見がぶつかる様を見るのが面白い。

例えるならウィニングイレブンで難易度maxのcpu同士を戦わせる感じだ。

こんな風に読むようになってから実用書に対する満足度は上がったのだけれど、小説の攻略法が未だに見つからない。同じテーマで反対する小説を探すのが難しいし、文体が気に入らなくてムズムズするとか、比較しても仕方ない好みの問題であることが多いからだ。

なので2冊を比較する読み方は小説に向いておらず、どうしても眺めてしまう割合が高い。

では何のために自分が小説を読むかというと、小説を読みながら「あ、眺めているな」と気づいたら、集中力が切れた箇所を振り返ると自分が興味を持ったり感情移入するパターンが見えてくるからだと思う。動物が出てくると必ず泣かされるとか、全力投球型の人が好きだな、とか。

こうして自分の読み方を書き出してみると改めて自己分析に繋がったり、、、本って自分自身を知るためのツールとして非常に優秀なのだけれど、こんな楽しみ方が出来るのも、本を眺めるのではなく読んでこそだと思う。

眺める時間を減らして読む時間を増やす事を今後も心がけたいですな。はい。