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薄いブログ〜20代大家の賃貸日記や、週末の朝活など〜

20代ど素人が始めた賃貸経営の話や、週末に運営している朝活の話など〜

高齢者ドライバーの事故報道と、レミングスとしての矜持

最近「高齢者の事故が増加している!」と盛んにニュースで取り上げられていますね。

 

でも、本当に増加しているのだろうか?

と気になったので、ちょいと警視庁のグラフを見てみました:

紫線が65歳以上)

 

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第1章 道路交通事故の動向|平成26年交通安全白書(概要) - 内閣府

 

残念ながら僕の集中力はフンコロガシ並で2分しかもたないので

高齢者の「事故発生件数」ではなく「死者数」のデータしか見つかりませんでした。

 

一応、神奈川県限定で発生件数のデータも見つけたので

ざっくりした傾向はこれで考えたいと思います。

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https://www.police.pref.kanagawa.jp/pdf/f0263_12.pdf

 

本当に高齢者の事故って増えてるの?

さっそく、上記2つのグラフを見てみましょう。

僕は2つ以上のデータを処理すると脳みそが爆発するので、これが限界です。

 

1つ目のグラフを見ると、ここ10年で事故死者数は減っているっぽい。

(人口に対する65歳以上の割合は増えているにも関わらず)

 

神奈川県の統計を見ても、発生件数が増えているようには見えない。

(神奈川県だけ何か特別な対応を施している可能性はあります)

 

というわけで

 

「高齢者事故、増えてないですよね」というのが僕の考え。

 

にも関わらず「増えた!」と報道され、

今更のように社会現象化しているのはなぜか。

 

自動運転を何がなんでも普及させたい

ちょっと脱線するのですが、排気量1500cc~2000ccの車の平均価格って

ここ1~2年で100万円近く上がっているんですよ。

 

2005年〜2014年頃:平均220万円

2015年:平均320万円

(引用:にっけいしんぶん)

 

バカみたいな引用で申し訳ありません。

今、強烈にお腹が痛いので集中力が途切れ途切れなのです。

 

 

さて、ここ1~2年で100万円くらい価格がアップしている内訳としては

アイサイトとか、歩行者向けのエアバッグとか、レーンアシストとか

安全性向上機能がメインと見てよさそうです。

 

で、ここに「自動運転」を加えると、さらに値段が上乗せされることが予想されます。

すると今まで200万円で買えた車が400万円になるかもしれない。

 

そんなに高かったら、

よほど必要性を感じない限り、誰も自動運転車を買いませんよね。

 

「お金なら出すからラクをしたい」という富裕層か、

「人件費をとにかく削りたい」という物流関係では普及するけど、

一般層には普及しない。

 

そんな状況では、自動運転車が売れない。

自動運転車が売れなけりゃ多額の先行投資をしている日本のメーカーが危うい。

日本を支える製造業が危うい。

国の危機だ!たいへんだ!

 

となれば、

 

「高齢者の事故が増えているから、自動運転は必須」

 

と、報道するよう圧力がかかるのは当然の成り行きかと。

 

非常に強い意思をもって

自動運転の重要性をすり込みに来ている気配がビンビン伝わってきます。

 

だって、明らかに社会問題化するタイミングが遅いもん。

最初のグラフをもっかい。

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平成15年あたりが高齢者死者数のピークに達しているのに

この頃、高齢者事故の特集なんてありましたっけ?

そんなに無かったんじゃないかなー。

「社会問題」を起因とした報道なのだとしたら

今更やるのは遅いんじゃないかなーおかしいなー。

 

 

「自動運転を2020年までに実現する!」を掲げる日産を筆頭に

「あと3年で自動運転が実現できそう!」というタイミングに合わせて

これほど加熱する高齢者事故の報道を見ていると

 

「あれ?これって国・プロデュースの3年がかりの壮大なCMじゃね?

 僕が納めた金で作った僕による僕のためのCMじゃね?」

 

と合衆国・初代大統領的なことを考えずにはいられません。

 

恣意的な報道をどう捉えるか

 

とはいえ、国を支える自動車産業であれば当然の成り行きですし

そこに対して「不公平だ!」と感じる事もありません。

むしろ、こういった思想統制には、ある程度賛成します。

 

 

語弊のある言い方、大体の人にカチンと来そうな言い方をすると

基本的に人間は9割がレミングスみたいな、言ってしまえば

Arienai Hyper Occhokochoi、頭文字をとってAHOだと思っています。

 

※レミングスとは:

 昔イギリスで流行ったゲーム。画面上部から謎の生き物「レミング」が降ってきて、彼らは着地した方向にしか進まない。放っておくとみんな崖から落ちるので、指示を与えて安全にゴールを目指さないといけない。

  

僕も含め、放っておけば勝手に奈落の底まで落ちるレミングのような集まりだと考えています。

 

誰かにOBゾーンを示してもらわないと、本能と悪意のまま行動するのが人間だと思っています。

 

だからこそ法や教育があり、聡明なリーダーが求められるのだと。

54億人のレミングを御し、理性に生きるよう促すために残り6億人のインテリが居るのだと。

 

だから僕ら自身が健やかな暮らしを得るために

多少無理やりにでも手綱を引かれることにはなーんの抵抗もないのです。

 

僕が谷に向かってまっすぐ走る駄馬だったとしたら

ジョッキーさんに強引に手綱を引かれて方向転換しても構わないのです。

 

 

ただし、僕らレミングスにも、手綱をかけられるからには権利があります。

「自分たちが悪意を以て御されている時」には反発する権利です。

 

直近の事故報道に多少「ふりかけ」のような味付けがされていても

その根本に善意があると信じているからこそ僕は抵抗感なくヒヒーンと方向転換する用意があるのです。

 

しかし、常にその限りでは無い事は念頭に置かなければいけません。

 

報道の糸を辿れば、必ず一人の人間にたどり着きます。

人間には意思があります。

その意思は善意か、悪意か。

 

善意なら「ヒヒーン!!」と方向転換

悪意なら「ブルッフゥ!!」と後ろ蹴り

 

それがレミングスとしての矜持なのではないでしょうか。