読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

薄いブログ〜20代大家の賃貸日記や、週末の朝活など〜

20代ど素人が始めた賃貸経営の話や、週末に運営している朝活の話など〜

真珠湾演説の同時通訳が下手すぎて思う:ありもしないLIVE中継にこだわる必要なくね?

今朝、ハワイの真珠湾にて安倍首相による演説が行われましたが

英日同時通訳の声が被り、オバマ大統領の発言がほとんど聞き取れませんでした。

 

そこで諦めて、しばらく同時通訳の日本語を聞いていたのですが

 

 

まぁ、ひどい。

 

テンポは悪いし、端折るし、文章がぶつ切りだし、通しで理解できないし・・・

 

 

さて、書き始める前に大前提に一つ言い訳を挟みたいのですが、

僕は批判が嫌いです。

 

自分が本当に対象物に憤りを覚えているのか、

はたまた胸の内に溜まったストレスをぶちまける相手を無意識に探している最中に都合の良い獲物を見つけただけなのか、その区別が自分自身ではつかないからです。

 

それに、相手にも相手の事情があったのかもしれません。

みぞおちにボディブローを連打されながら通訳していたのかもしれません。

だから基本的に批判したくありません。

 

ただ今回は申し訳ないが、確実に憤りを覚えているので書きたい。

 

 

日本語ー英語は同時通訳に不向き

 

まず英語と日本語は言葉の順番が複雑に入り乱れるため

 

「僕はゾウさんが大好きです。でもキリンさんはもっと好きです」

 

という単純な一文であっても英訳すると

 

"I love elephants, but I love giraffes even more"

 

となり

 

日本語:「僕」「象」「大好き」「でも」「僕」「キリン」「もっと」「好き」

英語:「僕」「大好き」「象」「でも」「僕」「大好き」「キリン」「もっと」

 

順番が色々と入れ替わるので、同時通訳に向かない言語であることは間違いないのでしょうが

 

字幕でよくね?

じゃあ、同時通訳に向かない言語なんだから字幕にしてくれや、と思うのです。

 字幕なら元の声が聞き取れるので、仮に誤訳されても害はありません。

 

同時通訳だと訳後の音声しか聞き取れないので誤訳されても正誤の判断ができず、信じるしかないわけです。

 

そんな唯一のよすがとも言える同時通訳なのに

足に矢が刺さった状態で読んでいるのかと思うくらい弱々しい自信なさげな声色で、

オバマ大統領がたっぷり尺を取って話した内容がなぜか一行でサマられたり、

文章が尻切れとんぼだったりして、意味が理解できない・・・

 

とにかく今回の演説で僕は、同時通訳の限界を痛感しました。

次に、そもそも「同時」通訳の必要性ってあるの?と考え始めました。

 

そもそもLIVE中継なんてありえない

一国の大統領の声を「これでもか!」と未精査の同時通訳で被せるのは一体誰の趣向なのでしょうか。

そこまでして「同時」にこだわる理由が一体どこにあるのでしょう。

 

そもそも「LIVE中継」だろうが「10分後中継」だろうが、そこまで大きな差はないと思うのですよ。「LIVE」と言えど海底ケーブルか衛星通信を経て届いているから、そもそも「5秒後」とか一定期間を経過した後であり、LIVEでは無いわけです。

 

だったら元々「LIVE」でも何でもなく既にズレているんだから

「5秒後」のために元の演説すら聞けない状態で意味のわからない同時通訳を被せられるより、「10分後」でもいいから、ちゃんとした字幕、ちゃんとした通訳をつけて欲しい。

 

それか、せめて副音声は同時通訳を切って

テロップで「同時通訳が不要な方は副音声で」とか

それくらいの配慮があってもよいのではないでしょうか。

 

 

「自国の重大ニュースを見ようと思ったら

自国の国営放送では理解できない同時通訳に被せられているから

読唇術を試みた末に諦め、仕方なくCNNを見た」

 

なんでこんな状況になるのでしょう・・・

 

過去から学んでほしい

過去にもNHKの同時通訳には色んな意見が飛び交っているようなので

後生一生の願いだから、そこから何かを学んで欲しい。

演説自体が過去からの学びについて言及しているのに、

それを通訳している当の本人たちが過去から学んでいないのが皮肉すぎる。

 

本当に同時通訳は最良の選択なのか

そして日本にとって非常に重大な演説についた同時通訳が

(しかもそこそこ話者が居るはずの英語で)

このレベルである事は、本当に由々しき事態だと思いました。

 

難しいのはわかるし、関係者が血の滲むような努力をしている事も想像できるのですが

そこまで必死に努力しても消費者(視聴者)が納得する品質を担保できないのであれば

そもそも(同時通訳という)仕組みに限界があることを認識し、

向く状況・向かない状況を整理し、

本当に同時通訳を全国放送の主音声で大統領の声に被せる事が最良の選択なのか、

改めて考えた方が良いと思うのですよ。

 

特に昨今はtwitterとかfacebookで情報拡散スピードが劇的に向上しているのだから

誤訳、誤解、誤った感情が瞬く間に拡散してしまうわけで。

一次情報の精度がこれまで以上に重要性を増しているなかで

本当にリスクだらけの同時通訳を全国放送でやります?

ありもしないLIVEのためにそのリスク、とります?

 

以上、僕の身勝手な感想です。

この演説放送に向けて尽力された関係者にとっては気分を害する内容となっているかもしれません。申し訳ございません。

ただ、いち視聴者としての意見でございました。