薄いブログ 〜全てが薄い〜

だいたい酔った勢いで書いてる

理解を阻害する「名前」とかいう道具について

「名前」が物事の理解を妨げているなぁ、と感じる事が多々あります。

 

例えば「ブロックチェーンってなに?」みたいな話をする際

 

「承認済みのトランザクションを繋げて

 中央管理不在、かつ改ざん不可能にする仕組みだよ」

 

みたいな説明を受けた時、

ブロックチェーンを理解するうえでいくつもの「名前」が理解を妨げています。

 

 

名前は情報量を犠牲にしている

名前、は二者間にある認識ズレをすり合わせる便利な道具ですが、

そもそも何のために「名前」という道具を使うのか?

 

個人的には「情報量を多少犠牲にするが、伝達スピードを上げるため」

だと考えています。

 

例えば「この動物園にはどんな動物がいますか?」と質問されて

「体長は成獣で5m程度、灰色の肌、長い鼻、異常に発達した切歯を持つ。

 四足歩行、草食でパオーン!みたいな音で鳴く哺乳類が居ます」

とか答えるのシンドイですよね。

 

次の人が同じ質問をしてきたら、また同じ説明を繰り返すわけですから。

「体長は成獣で5m程度、灰色の肌・・・」みたいな。

それが面倒臭いからゾウという名前を使うわけです。

 

問題は、ゾウという「名前」を使いすぎると

一部の情報が失われる可能性があることです。

 

例えば「象牙は、異常に発達した切歯である」という事実は

ゾウを分類する大切な情報だったにも関わらず、

いつの間にか「ゾウは何か知ってるけど、象牙が切歯だとは知らなかった」

という人が出てくる可能性があります。

 

これって不思議な状態ですよね。

みんな「ゾウは何か知ってる」にも関わらず、

ゾウに関する一部の情報を知らない状態にあるわけです。

 

いわば「知っているつもり」の状態です。

「名前」は情報伝達速度を上げるために情報量を犠牲にしているので

名前を理解して事象を理解したつもりになると、大きな勘違いをします。

 

「君には来期からマーケティングをやってもらおうと思っている」

とか言われても、ぶっちゃけ何をやるのか欠片も分からないですよね。

マーケティング、という名前に情報が隠されています。

 

「弊社はグローバルリーディングカンパニーを目指す」

とか言われても、ぶっちゃけ何をやるのか欠片も分からないですよね。

グローバルリーディングカンパニー、という名前に情報が隠されています。

 

何かを説明する時にやたらと「名前」を使う人は

多分自分でも何を言っているのか分かっていません。

 

「リード獲得からのナーチャリング期間にKPIを設定することで

 中長期的な視野での売上増加に向けた仕込みを行いましょう」

 

とか言ってる人は間違いなく頭の中がハリケーンになっています。

 

 

なので自分が何かを理解しているか確認したいときは

 

「名前」を使わずに説明できること

 

これを意識してみるとよいのではないでしょうか。