薄いブログ 〜全てが薄い〜

だいたい酔った勢いで書いてる

「解決策」ではなく「あるべき姿」を議論する大切さ

問題:

「太郎さんと花子さんが1つのアップルパイを二つに取り分けようとしています。二人が納得するよう分けるには、どうすればいいでしょうか?」

 

 

最近こんな問題について考える機会がありました。

 

 

 

 

せっかくなので、この文章を読んでいる方も考えてみてください!

 

 

 

 

さて、考えてみます。

 

 

どうでしょうか。

 

・ 

  

 

「花子さんがパイを真ん中あたりで切って、太郎さんがどちらを食べるか先に決める」

 

 

真っ先に思いつくのは、これではないでしょうか。

幼稚園で習った古典的な解決策ですが、今回の文脈においては不正解だと思うんです。

というか「解決策」が出てきた時点で不正解だと思うんです。

 

なぜなら今回は「二人が納得するように分ける」というのがポイントだからです。

 

パイを真ん中で切って、本当に双方納得するんでしょうか?

 

だって、太郎さんは糖質制限中かもしれません。本当は一口だけで良いのに半分近くもパイを食べさせられて、納得するでしょうか。

 

もしくは太郎さんは特殊な趣向の持ち主で、パイの端っこだけ大好きで、他の部分は嫌いかもしれません。そんな人が真ん中付近の「実」を食べさせられて、納得するでしょうか。

 

この問題におけるあるべき姿

「二等分できた状態」ではなく、「二人が納得している状態」なので

重さを測って〜とか、そんな厳密に二等分するための解決策を考えるのではなく

納得する状態を生み出す解決策と、その前提を考える必要があります。

 

 

だから「二人はそれぞれ、どれだけパイを食べたいんでしょうか?」とか「二人の事情についてもう少し詳しく教えてもらえませんか?」

みたいな質問から入らず、すぐ解決策を挙げている限り、全部不正解だと思います。

 

とか偉そうに悟っておきながら、 自分は普段これと全く同じことを仕事中にしているのでは、と今日は反省していました。

 

 

 

同じことを仕事でもやってしまっている

 

この問題、「ただの深読みでしょ」で終わらせてはいけないと思うんです。

 

「アップルパイを二等分するにはどうすれば」

という解決策をいきなり考え始めた時点で不正解で、

 

「どうしたら二人は納得するのか?」

というあるべき姿を考えない限り、正解には近づけません。

 

あるべき姿や、その背景にある前提を考えないと、糖質制限中の太郎さんに砂糖たっぷりのパイを半分も食わせる、みたいな意味のわからない解決策にたどり着いてしまいます。

 

こういう状況は仕事でも、特に上司と部下が議論する時にしょっちゅう見かける気がします。

 

 

上司と部下は情報量と、それに付随する「あるべき姿」が違うのが一般的です。

 

部下が得られる情報:

・自分の業務範囲での商品知識など

 

上司が得られる情報:

・人事

・予算(お金周りの話)

・10人程度の部下から日々受ける報告や相談

・これまでの仕事で培った商品知識など

 

雑に挙げてもこれだけ情報量に差があるんだから、そりゃ当然見ている「あるべき姿」が違います。

 

部下が「ECサイトの登録率を上げるために新たな広告キャンペーンやりましょう!」とか無邪気に提案しても、

 

上司からは「商品価値を高めて広告に頼らない企業体質にしよう、って役員会議で話したばっかりなのに、こいつ何言ってんだ」とか思われているかもしれません。

 

だったら、まずは「このECサイトの広告宣伝に関する方針を伺ってもいいですか」と聞いて「あるべき姿」を確認した方が良いですよね。

 

そこで上司が「広告に頼らない商品にしたい」と考えていることがわかったら、提案をする前から筋の悪さを察知して引っ込めることもできる。

 

どうしても広告を打ちたければ「特殊ケースでの広告出稿についてはどう考えていますか?」みたいな「あるべき姿」の折衷案を議論した方がはるかに建設的です。

 

 

 

そんなことに気づいてから、普段自分が上司と議論している内容の「解決策」:「あるべき姿」の比率を測って見たところ、ほぼ8:2くらいで「解決策」の議論をしていました。

 

この辺りを改善していけば、もっと議論がやりやすくなるんじゃないかなー、と思いましたとさ。